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拝啓、すばる様

関ジャニ∞と、関ジャニ∞のセンターマン☆渋谷すばるに心を奪われたはるなの日記☆ 最近は全体的にジャニーズの現場に行きたがります

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はるな

Author:はるな
関ジャニ∞、中でも渋谷すばるから目が離せません。
(※変態目線)
ファン歴は大人になってから。もう年数を数えるのはやめました。

最近はクソDD呼ばわりされるくらいあちこちに興味が。
特にHiHiJetの井上瑞稀くん、Mr.King VS Mr.Prince岩橋・岸が好き。
ツイッターやってます☆ xxx8haruna8xxxです。
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サムライ先生と(ほぼ)土佐の制度の話

2015/11/01(日) 00:04:25

ふるさと納税に興味を示しています。
ずっとよふかしとかで見て、やろうとおもってたんですけど、めんどくさくて放置してました。
夫は勝手にふるさと納税してまして、いきなり自宅に肉が届いてびっくりしたのですが
どうしようかなあ。
もともと住んでいたところでも、結構たくさん返礼品がいただけるみたいだし
個人的に好きな県とかもあるので、なやむところです。
どうしよっかなあーーー。おせち的に、イセエビほしいけど、作れる自信がないぜ・・・笑


さて。
そんな個人的な話は良いのです。
勝手に、サムライ先生を期に、女性に歴史に興味を持ってほしいと思っております。
今、ゲームだかアニメだかの影響で、剣がおすきな女子とかも増えているようですが
いろいろな歴史とか、背景にも興味を持ってほしいなあと勝手に思います。
ほんと個人的な思い入れですけどね。
ほんとおもしろいですよ、歴史って。物語だもん。

さて、今回のサムライ先生、ちょこちょこと解説は出てきましたけど、先日いってた上士・下士がでてましたね。
あの課長さん?のセクハラについて武市が怒っているときに。
「上士のものは下士の娘を女郎のようにあつかう!」
とお怒りでした。
また、これはとくに解説はありませんでしたが、序盤の、殺人犯との語らいのシーンで
殺人犯「ムカつく上司をぶっころしてやったんだよ」
といったときに武市さん
上士・・・?・・・なにか訳がありそうじゃな。話してみよ」
といいましたね(細かい口調は適当ですすみません)
ここ爆笑したわ。笑

さて、上士・下士とはなんでしょうか。
これはね、特筆すべきは土佐独特の身分制度だというところです。
これが、藩主だったり、学者だったり、上からの教育なり指導と言う素地があった薩摩・長州(いちおう肥後)とちがって
土佐が、維新にかかわったおおきなひとつの理由だとよくいわれるんですよね。
(上士というのは別の意味もあって、江戸時代のえらいお武家さんたちの総称でもあるんですが、土佐の身分制度とは違うと認識してください)
これは、もともと、土佐は長宗我部さんたちがおさめていたんですけど、そこに山内さんたちがはいってきたと。
そこで、山内さんが新しい支配者であることをしっかり意味づけるために、上士となり
今までの長宗我部さんたちを、下士としたというのがはじまりなんだとか。
上士と下士だけでなく、そのなかでもいろいろと細分化された身分があったとおもうけど
そのへんちょっと適当です。笑
で、この身分差別がやっばいの。
おなじ武士とはおもえないエグさ。
上士に下士はもちろん絶対に逆らえないし、もちろん結婚も無理。
有名なのは、雨が降っても高下駄がつかえるのは上士だけだったりとか
上士にあったら下士は道をゆずらなきゃいけないとか
上士は下士を「切り捨て御免」=「無礼をされて(されなくても)斬って殺しちゃっても無罪」だとか
すごいですよね・・・
支配体制を確立するためとはいえ、その差別が江戸末期までのこっていたのが土佐です。
なので、下士は、農業もするし、商売もするしで
武士と、その他の職業との区分がすごくあいまいな身分でもあったわけです。
そして、竜馬も武市も、下士です(武市はそのなかではたしか良い身分だった)
だから竜馬のあの商業的な才覚だとか、考え方があるのかなあともおもいますが。
話それましたね。
それで、下士の虐げられ続けた鬱憤ってやつが、たまりにたまっていて
その爆発が、世の混乱に乗じた、反乱だったりするんじゃないかなと。
当時土佐は、薩摩長州とちがって自由に政治を論じることはできなかった。特に下士は。
そして山内容堂が公武合体をとなえていたのもあって
もちろん倒幕もとなえられなかった。
そして身分制度はひどかった。
なのに吉田東洋(土佐藩のエライ人)はまさかの開国派だし(今回東洋さんもちょっと登場してましたね)
なんやねんこの藩!!!もう!無理!!!!
となっていったわけです。
この藩にいるままでは、政治は、国は、日本は変えられないと。
だから土佐は脱藩していったひとも多かったんですね(竜馬とか、中岡慎太郎とか)
そこで、なんとか
藩にとどまって、その責任ある立場から、藩を変えよう、国を変えようとしたひとが武市さんです。
それに、武市さんはかなりのインテリで、江戸に留学(というのか?)もしてたし
そのあたりの知識も含めて、土佐の下士にたたきこんでいったのは武市さんだとおもいます。
まさに先生。笑
だから、下士の鬱憤と武市さんからの知識。
これが、土佐藩からの勤皇志士が多く出た理由ではないでしょうか。
脱藩した志士も、土佐勤皇党の志士も。
だから今でも、特に歴史的になんかやったわけでもない武市さんが、こうやって歴史好きにたたえられるんじゃないかなーとおもいますね。
やってること、ほぼほぼ暗殺ですけどね・・・(だからあんまり良いイメージはわたしにはない)

ちなみに、吉田東洋暗殺は武市さんは実行犯ではないですが、指示した人物です。
開国派だった吉田東洋さんが、尊王攘夷を唱える武市さんにとっては売国奴にみえたのでしょう。
そして、彼は上士だったため、暗殺という手段に訴えるほかなかったのかなーと。おもいます。

以上、だれがのぞんでいるかもわからない、サムライ先生ののっかり解説でーした♪
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